ホットハウス・アース論文の全訳

2018年8月14日にPNASで発表されたWill Steffen博士らによる"ホットハウス・アース論文"の全訳を著者らの許可を得て公開します.ダウンロードはこちらをクリック: 本文PDF付録のサポート情報PDF (追記:国立環境研  対話オフィスさんにツイートしてもらいました!)

 

原文 Steffen et al, "Trajectories of the Earth System in the Anthropocene", Proc Natl Acad Sci USA, 2018 Aug 14;115(33):8252-8259 はPNASサイトより自由にダウンロード出来ます.


地球温暖化問題に対して新たな視点から警鐘を鳴らす論文として注目され(英オルトメトリック社の調べでは2018年に最も影響力のあった研究論文のベスト4),国立環境研究所・江守正多博士のYahooニュース記事でも解説されています.

 

約1700万年前の中新世中期から完新世に至る古気候記録と現在の観測データ,そしてシミュレーション研究に基づき,地球平均気温の上昇が産業革命以前より2℃高いレベルに近づくと,地球規模の変化につながる閾値を超えて温度上昇が止まらなくなり,現在よりも気温が4~5℃高い中新世中期に似た状態『ホットハウス・アース』(灼熱地球とも言われる)に向かう可能性があると述べています.詳しくはダウンロードしてご覧ください(本文PDF付録のサポート情報PDF)

この論文のユニークな点として「温暖期と氷河期を経験した過去の地球システムの道筋」と「将来の可能な地球システムの道筋」を一枚のキャンバスに描き対比している点が挙げられます(下図).現在得られている研究結果に基づき,著者の気候科学者達が,地球システムの過去・現在・未来に対してどのような描像を持っているかが分かります.ただし,江守博士も指摘しているように,この論文はPerspective(展望)を書いたものであり,論文の主張の定量的・具体的分析はまだまだ十分ではないでしょう.今後の研究に注目していきたいと思います(2019年1月16日).

図1. 典型的な氷期・間氷期サイクルの経路に対する将来気候の可能な経路の略図.地球システムの間氷期の状態は氷期・間氷期サイクル(Glacial-Interglacial Cycle, 青線)の上端に位置する. 一方,氷期の状態は下端に位置する. 海水準(Sea level)は熱膨張と氷河・氷帽の融解を通じて比較的ゆっくりと変化する.図の中央の高さに位置する水平ラインは産業革命以前の温度レベル(Temperature)を示している.地球システムの現在の位置は赤線上の安定化された地球の経路(Stabilized Earth pathway)とホットハウス・アースの経路(Hothouse Earth pathway)が離れてゆく点の近くの小さなボールで示されている.産業革命以前のレベルから約2℃高い位置にある「地球規模の変化につながる閾値」も示されている.安定化された地球の経路およびホットハウス・アース経路に沿って書かれたアルファベットは,これらの経路の各地点での地球システムの状態に示唆を与える過去の4つの期間を表している(付録のサポート情報): A 完新世中期; B エーミアン間氷期; C 鮮新世中期; D 中新世中期.これらの経路上での位置は近似的なものに過ぎない.

図2.完新世(Holocene)をスタートとする地球システムの経路の安定性を表す"地形".すなわち,氷期・間氷期の極限周期軌道(Glacial-interglacial limit cycle)をスタートとしてより暑い人新生(Anthropocene)へと至る経路.上の図 1における経路の分岐は,地球システムの二つの離れて行く経路として描かれている(破線矢印).現在,地球システムは人為起源の温室効果ガス排出と生物圏の規模縮小に駆動されてホットハウス・アースの経路(Hothouse Earth pathway)にあり,約2℃上昇の位置にある地球規模の変化につながる閾値(Planetary threshold, 破線)へと近づいている.その閾値を超えると生物・地球物理学的フィードバックに駆動されシステムは本質的に非可逆な経路を辿る.もう一方の経路は安定化された地球(Stabilized Earth)へと至る.この経路は人類によって創成されたフィードバックによって管理される経路であり,人類によって維持される準安定的な吸引領域へと至る.ここで「安定度 Stability」(縦軸)はシステムのポテンシャルエネルギーの逆として定義される.より安定なシステム(深い谷)はより低いポテンシャルエネルギーを持つ.この安定状態からシステムを抜け出させるには非常に大きなエネルギーが必要である.不安定なシステム(丘の頂上)は高いポテンシャルエネルギーを持つ.そして,この丘からシステムを低いポテンシャルエネルギーの谷へと突き落すにはほんの少しのエネルギーしかいらない. 

図3.起こり得るティッピング・カスケードの世界地図.個々のティッピング・エレメントは平均地表面気温に対する推定閾値に従って色付けられている.矢印は専門家の聞き取り調査に基づくティッピング・エレメント間の相互作用を示してる.これらの相互作用にによりカスケードが引き起こされることがあり得る.東南極氷床のティッピング(損失)のリスクは5℃以上と提案されているが,いくつかの海に面した区域ではより低い温度に対しても脆弱かもしれない.

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本文「人新世における地球システムの道筋」
Steffen2018_JapaneseTranslation.pdf
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付録のサポート情報
Steffen2018Supplementary_JapaneseTransla
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